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東京高等裁判所 昭和27年(ラ)373号 決定 1953年9月04日

抗告人 藤崎団蔵 外八名

訴訟代理人 青木三代松

相手方 松崎ムメ 外五名

被相続人 亡藤崎サノ

主文

原審判を左のとおり変更する。

一、別紙目録記載の不動産及び動産を相手方(原審利害関係人)秋本八造、同秋本義江の両名共有とし、これにたいして右相手方両名は連帯責任をもつて、抗告人(原審申立人)岩野ヨシ、同藤崎セイ、同小知和ツネにたいしては各金十一万六千九百七十一円六十八銭を抗告人(原審申立人)藤崎団蔵、同吉田種次郎、同小林トシ、同宮寺ツネ、同茂木リン、同吉田栄吉にたいしては各金二万三千三百九十四円三十三銭を支払うべき債務を負うものとする。

二、相手方秋本八造、同秋本義江は前項による債務の履行のため、連帯して、抗告人岩野ヨシ、同藤崎セイ、同小知和ツネにたいしては、昭和二九年六月三〇日限り各金五万八千四百八十五円八十四銭を、昭和三〇年六月三〇日限り、各金五万八千四百八十五円八十四銭を、抗告人藤崎団蔵、同吉田種次郎、同小林トミ、同宮寺ツネ、同茂木リン、同吉田栄吉にたいしては、昭和二九年六月三〇日限り各金一万一千六百九十七円十六銭を、昭和三〇年六月三〇日限り各金一万一千六百九十七円十七銭を支払うべし。

三、本件手続費用は第一、二審ともこれを三分し、その一を相手方等の連帯負担とし、その余を抗告人等の連帯負担とする。

理由

本件抗告理由は別紙抗告の理由書と題する書面記載のとおりであるから以下にこれにたいする判断をする。

抗告理由第一点について。

本件記録を調査すると、原裁判所は昭和二七年七月一七日以来数回にわたり調停委員会による調停期日をひらき、当事者双方にたいし、申立の趣旨、実情及びこれにたいする答弁の各陳述並びに証拠の提出援用及び認否をさせ、かつ調停を試みたが、当事者双方の意見が一致せず、調停を成立させるにいたらなかつたことをうかがうに十分である。したがつて原裁判所は本件につきなんら調停を試みることをしなかつたという本抗告理由は失当で採用しがたい。

抗告理由第二点及び第一二点について。

記録中の、相手方松崎ムメ、利害関係人秋本八造の各尋問調書並に乙第九号証の各記載を合せ考えると、相手方松崎アイ、同松崎ムメ、同植森ナツ、同藤崎久三は昭和二十四年十一月三十日相手方(原審利害関係人)秋本八造、同秋本義江にたいして被相続人藤崎サノ相続財産にたいし譲渡人らが有する相続財産持分は貴殿両名に譲渡いたしますと記載した書面(乙第九号証)による意思表示をし、右八造及び義江がこれを承諾した事実を認めることができる。前記尋問調書の記載によると、相手方松崎アイ外三名は、右八造及び義江に、本件被相続人サノのあとを相続させる目的をもつて前記書面による意思表示を為し、右八造及び義江もその趣旨をもつて承諾をしたものであることが認められること及び、前記合意の意味は相続財産中の負債は承継させないとか、資産部分のみを譲り渡すのだとみられるような別段の事情が認められないことに徴し、前記合意は前記の相手方松崎アイ外三名がおのおの共同相続人の一人たる法律上の地位すなわち相続分を前記八造及び義江に譲り渡す旨の合意と解するのが相当である。

かような、相続分の譲渡は、これによつて共同相続人の一人として有する一切の権利義務が包括的に譲受人に移り、同時に、譲受人(本件においては前記秋本八造同義江)は遺産の分割に関与することができるのみならず、必ず関与させられなければならない地位を得るのである。原審が本件遺産分割手続に相手方(原審利害関係人)秋本八造、同秋本義江を参加させて審理をしたのは正当である。

また、相手方松崎ムメ外三名と相手方秋本両名との間の行為は、前段説明のような意味の相続分の譲渡であつて、相続財産に属する個別的財産(個々の物または権利)に関する権利の移転ではないから、各種個別的権利(物権債権鉱業権その他工業所有権といわれる類)の変動について定められる対抗要件の諸規定の、なんらかかわるところではない。抗告人の所論はいずれも採用できない。

抗告理由第三点について。

このような場合に相手方松崎ムメ外三名を手続から脱退させるべきだという明文の規定は、家事審判法、家事審判規則及びこれらによつて準用させるすべての法律規則中に存在せず、また、これらの解釈からもかような結論はでてこない。所論は抗告人独自の見解であつて採用に価しない。

抗告理由第四点ないし第九点について。

右抗告理由は要するに原裁判所が証拠によつてなした事実の認定を攻撃するものであるが、記録にあらわれた諸証拠を考え合わせると、原審判認定のとおり認めるのが相当であるから抗告人の所論は採用しない。

抗告理由第一〇点について。

本抗告理由は要するに原審判における遺産分割の方法が相当でないということを抗告人らの主張事実を根拠として強調するものであるが、原審判の理由説明によれば、右審判における遺産分割方法はなんら不当ではない(ただし、抗告理由第一一点について説示する点を除く)からこの点も採用の価値がない。

抗告理由第一一点について。

成立に争のない甲第九、第二三なし第二五号証、原審証人岩野団蔵の証言及び原審における抗告人吉田種次郎、同藤崎セイの各供述を綜合すると、抗告人らのうちには、利害関係人秋本義江または同人夫妻に手切金あるいわ慰藉料名義で相当の金円を贈与する意思のあつたことは十分にうかがわれるところであるが、右証拠によると、抗告人らが本件審判の実情として右秋本義江にたいし手切金六万円を贈与する意思あることを述べたのは、抗告人らの本件申立の趣旨が容れられ、本件遺産たる物件が抗告人藤崎団蔵の所有となり、秋本義江が本件建物から退去するにいたることを前提条件とするものと解するのを相当とする。したがつて原審判のように相手方等及び利害関係人らの申立が容れられるような場合においては、抗告人らには秋本義江にたいし、手切金あるいわ慰藉料贈与の意思のないことは明らかであるから、原裁判所がその意思あるもののように判断して抗告人らに分割すべき本件遺産から右贈与金六万円を控除したことは失当といわなければならない。

また、相続人は、祖先の祭祀をいとなむ法律上の義務を負うものではなく、共同相続人のうちに祖先の祭祀を主宰するものがある場合他の相続人がこれに協力すべき法律上の義務を負うものでもない。祖先の祭祀を行うかどうかは、各人の信仰ないし社会の風俗習慣道徳のかかわるところで、法律の出る幕ではないとするのが現行民法の精神であつて、ただ祖先の祭祀をする者がある場合には、その者が遺産中祭祀に関係ある物の所有権を承継する旨を定めているだけである(民法八九七条第一項)。したがつて、利害関係人両名が本件家屋内において、仏壇その他を整えて被相続人サノの祭祀を行つているからといつても、抗告人らにおいて利害関係人らの行う右祭祀に協力し、將来これを継続するに要する費用を分担すべき法律上の義務あるものではない。原審判が抗告人らに分割すべき本件遺産中から將来の祭祀料として金五万円を控除したことは不当といわなくてはならない。

右のとおりとすれば、原審判において認めた抗告人らの相続分にたいする本件遺産の算定価額は金五十八万四千八百五十八円四十銭であるから、これを抗告人らの各相続分に応じて算出すると利害関係人両名に、抗告人岩野ヨシ、同藤崎セイ、同小知和ツ子にたいしては各金十一万六千九百七十一円六十八銭、抗告人藤崎団蔵、同吉田種次郎、同小林トミ、同宮寺ツ子、同茂木リン、同吉田栄吉にたいしては各金二万三千三百九十四円三十三銭(厘以下切捨)を支払うべき債務を負担させ、利害関係人両名はこの責務について連帯責任を負うものとし、かつ主文掲記のとおりの期限に分割して支払うべきものとして、現物をもつてする分割に代えるを相当とすることは金額の点をのぞき原審判理由に説示するところによつて、おのずから明かであるからここにこれを引用する。

原審判主文二、には「申立人等は相手方等が利害関係人秋本八造同秋本義江に対し別紙目録記載の不動産及び動産に対する二十五分の四の相続分を贈与したことを確認する」との宣言があるけれども、相続分譲渡のことは、利害関係人両名を本件遺産分割に関与させ、主文のような分割を定めるについての前提であつて、前提としてのみ判断が必要あるのであつて、すでに分割を定める手続に進んでいる以上、裁判の主文において宣言する利益も、必要もないものである。

また、原審判主文三、には「申立人等並に相手方等は利害関係人秋本八造、同秋本義江に対し、別紙目録記載の不動産につき申立人岩野ヨシ、同藤崎セイ、同小知和ツ子は各二十五分の五の、爾余の申立人等及び相手方等は各二十五分の一の割合を以て共同相続による所有権取得の登記を為した上これを申立人等は売買に因る、相手方等は贈与に因る所有権移転登記を為せ。若し申立人等及び相手方等が右各登記を為さないときは利害関係人秋本八造、同秋本義江は申立人等及び相手方に代つて自ら右各登記手続を為すことができる」とある。

しかしながら、遺産の分割は、相続開始の時にさかのぼつてその効力を生ずるのであり(民法第九〇九条)、分割によつて相続人の一人に属するにいたつた財産は、その相続人が直接に被相続人から承継したことになるのである。したがつて遺産に属する不動産について相続登記が、まだしてないかぎりは、協議によつたにせよ、審判によつたにせよ、分割のことがきまつたら、分割によつて不動産を取得した者が、被相続人名義の登記から直接に取得するものとして登記することができる。あえて共同相続による相続登記をして、さらに分割によつて単独の権利者となつた者へ権利移転の登記をするという手数をかける必要はない。このことは相続分を譲受けた第三者についても同様と解さなければならない。記録によると、本件遺産中の別紙目録不動産について相続登記はしてないと認められるから、原審判の前記主文のような宣言は必要がない。

よつて、原審判は、これを変更するを相当と認め、家事審判規則第一九条第二項、家事審判法第七条、非訟事件手続法第二八条第二九条、民事訴訟法第九三条によつて主文のとおり決定する。

(裁判長判事 藤江忠二郎 判事 原宸 判事 浅沼武)

抗告の理由

第一点原審判は本件に付き先ず調停を試みるべきに不拘、之を為さずして審判を為した違法がある。家庭裁判所は人事に関する訴訟事件その他一般に家庭に関する事件については先ず調停を行うべきで所謂調停前置主義なる事は家事審判法第十七条乃至第十九条第一項に明記するところである。然るに原審裁判所は抗告人が昭和二十六年一月本件の遺産分割の調停及審判の申立をした所同裁判所は昭和二十六年(家イ)第五号事件を以て調停手続を開始したが昭和二十七年(家)第九〇四号、審判書の主文の前に摘示する参与員三輪英聰、同小山茂次を立会はせ申立人及相手方本人並に証人等の訊問を為すことに終始し、昭和二十七年十月二十三日の期日に最後に鑑定人を訊問して取調を終結し十一月十八日、審判を為すと宣言して閉廷し本件の審判を為したものである。其間前記参与員から只一回の調停を試みる発言もなく裁判官も又調停を試みることをしなかつた。右は明らかに家事審判法第十七条乃至第十九条第一項に違反するもので結局違法な審判である。相手方八造、義江が本件以前に昭和二十四年(家イ)第十三号を以て以て被相続人亡サノの遺産承継の調停申立を為し右同裁判所で調停を行つたが昭和二十五年五月二十四日不調となつた事実はあるが右は本件とは申立人及申立の趣旨を異にするもので之あるが為審判の前に調停を行つたと看るは違法であると信ずる。殊に右調停は本件審判を為す時から二年以前に属するので其時とは当事者の心境及客観的事情にも自から相当の変化があると謂わなければならないから之を以て前に調停を行つたとは云えない。

第二点原審判は其の主文(二)に示す通り、相手方八造、同義江に対し他の相手方松崎ムメ外三名が本件遺産に対する持分各二十五分の一を贈与した点につき右相手方八造、同義江から持分取得に付き所有権移転の登記を経由していないのにかかわらず之を以て申立人等に対抗し得るものと解し申立人等の贈与を確認するとの審判を為した事は明らかに法律を誤解した違法がある。

(1) 相続人が数人あるときは相続財産はその共有に属することは民法第八百九十八条に明規する所であり其共有に関しては民法の所有権の共有に関する第二百四十九条以下の規定を準用するものと解する。而して共有権は所有権の一部であるから所有権に関する一般的法規に従わねばならない。蓋相続分は遺産相続に於て各共同相続人が権利、義務を承継すべき割合であつて即ち相続財産の共有に於ける持分である。(参考 法律学説判例総覧相続編四四四頁穂積博士、柳川、中島学士学説)換言すれば物権の共有に於ける持分に相当するものを相続分と呼ぶ。(同説 中川博士)

(2) 従つて共同相続人の一人が不動産上の自己の相続分を譲渡したときは其譲渡に付登記を経なければ第三者に対抗することはできない。(同説 島田博士)

(3) 翻つて本件審判を観るに(審判書二六頁以下)に相手方(原利害関係人)八造、同義江が共同相続人である相手方松崎ムメ、同植森ナツ、同松崎アイ子、同藤崎久三から其相続分各二十五分ノ一宛の譲渡を受けた点を認定した上同人等が相続分に応じた共同相続人たる地位を取得し遺産の分割を請求する権利を有するに至つたと認め、且つ譲渡の対抗力に付相続分の譲渡については引渡、登記等の形式を規定せず云々、債権譲渡の場合と同じく右譲渡は他の共同相続人に対してその通知をなすことによつて対抗し得るものと解すべき所云々と判断し以て前記譲渡を以て申立人等に対抗し得ないのに不拘、之を対抗し得るとの前提の下に相手方(原利害関係人)八造、同義江が本件遺産の共有者として其分割を請求する権利があると判断した。其結果右両名に対し本件遺産の全部の所有権を取得させる主文の如き審判を為した事は法律に違背する不当な判断であると信ずる。

第三点原審判は前述の通り相手方松崎ムメ外三名が相手方八造義江両名に其相続分全部を譲渡した事実を以て申立人等に対抗し得るものであるとの判断を為しながら尚譲渡人たる相手方等が共同相続人としての身分的地位を失なはないとの見解を以て右譲渡後に於ても本件遺産分割手続に関与させたのは違法であると信ずる。(審判書二十七頁)蓋し遺産相続人は相続開始の時から被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継するが被相続人の一身に専属するものは承継しない。(民法第八九六条)此の点学説及判決例に異説あるを発見しない。従つて遺産相続に於ける遺産の分割は民法第九百条に由り数量的分割を意味し身分関係は其の対象とはならない。果して然らば本件に於て相続分を譲渡した相手方等は最早遺財分割に付いては何等の利害関係を有しないのであるから当然本件分割手続から脱退せしむべきであるのに依然当事者として手続を進行した事は違法であると信ずる。

第四点(1) 原審判書の理由(一)(三〇頁)に於て申立人団蔵が其娘芳枝を亡サノの養女にし、従つて相手方八造の妻とすることに反対した理由を亡サノの口喧しく気六ケ敷い性質を嫌つて反対したと判断したが之は事実を曲解したもので審判の理由中に屡々述べている所の申立人藤崎団蔵に対する相手方等の人格を攻撃する言を信じて右団蔵及申立人等の申立を排斥せんとするための牽強附会の結論である。芳枝をサノの養子とするのに反対した理由はサノを嫌つたのではなく相手方八造を嫌つたのである。八造は幼少の頃から相手方ムメ方に小僧番頭として雇われて店一切を引受けて管理して居たのと相手方松崎ムメの夫泰司が口の利けない病身で入院勝ちであつた等の事情で相手方八造は同ムメと不倫の関係があるとの噂が専ら近隣に喧伝されていたので其の為芳枝が八造其の者を嫌つた結果、養子とする事を拒絶したのである。甲第五号証 藤崎芳枝の証言を援用。

(2) 審判理由の第二項に被相続人亡サノは利害関係人(相手方八造、義江)両名と事実上の養子縁組をする当時酒、味噌、醤油の配給店を営んで居たが相手方ムメに対し配給の多忙の時を除いては相手方八造をして十数年に亘つて小僧番頭として勤務していた相手方ムメの夫松崎泰司方の物品販売業を手伝わせる事を承諾し云々と判断した事は相手方等のサノ死亡後に於ける勝手な言分を容認して為したる実情に背馳する判断である。サノが相手方八造を事実上の養子にしたのはサノが単身で前記の通り味噌、醤油の配給の外に雑貨類の販売を営んでいたので手不足であつたのと当時六十四才(添付戸籍謄本参照)の老齢と将来を考えての結果であるから養子にすれば直ちに家業に従事させたい考えであつた事は明らかである。従つて八造が永年小僧番頭をしていた関係もあるので相手方松崎ムメ方に二、三日位手伝いに行く事はサノが承諾したものと推測されるが事実上養子という名目だけで長期に亘つて松崎ムメ方の営業を手伝わせる事を条件に養子に世話をしサノの同意を受けた等の(松崎ムメ証言)主張は全く死人に口なしを利用する勝手な言で信憑する限りでない。相手方八造は昭和二十一年十一月頃サノの事実上の養子となつて、(審判書二九頁)翌二十二年三月頃迄はサノ方に起居はしたが、その後は全く幼少の頃から小僧番頭をしていた前記相手方松崎ムメ方に、起居して同家の物品販売業を手伝い養家のサノ方へは寄付かなかつたのである。尤も極めて稀には夜だけ戻つていた事がある程度である。甲第九号証 高木サト、同第三号証 下里リウ、同第四号証 吉田種次郎、乙第四号証 義江の実父次郎吉、義江と八造は間もなく別居した点、乙第五号証、乙第七号証 相手方義江本人訊問調書二枚目裏に昭和二十三年五、六月頃八造は泰山丸(松崎ムメの夫)に雑貨商を出して居つた事は聞いております-とあり以て義江と八造が別居して居つて義江の居たサノ方へ殆ど出入しなかつた事が推知できる。サノ方に起居した当時に於てもサノと談笑裡に日を過した事は全くない。サノが元配給所から味噌、醤油等商品を仕入れるときも八造は之を運搬する事を拒絶して相手方ムメ方に用事があると云つて同家へ手伝に行つてしまつた始末である。甲第九号証 藤崎せい証言調書参照。そのようにして同年四月頃から翌二十三年十一月三十一日サノ死亡の時迄は全然サノ方へ出入したかつたばかりでなく相手方ムメ方の附近に秋本八造商店なる雑貨商を開店したのである。(審判書三二頁)乙第一乃至八号証及義江本人訊問調書に依つても明らかである。この事を聞いたサノは勝手にするがよいと放言して八造を入籍する意思等は毛頭ない事を明らかにし、又相手方八造はサノの葬儀の際も出席しようともせず申立人団蔵が説得してようやく出席させた程である。以上に依つて判明する通り事実上の養子関係は既に解消していた事が明らかである。右は甲第六号証、藤崎団蔵の調書及乙号証に依りて立証す。

第五点以上の事実に関し原審判は相手方八造が亡サノと相手方松崎ムメ間の感情的衝突のトバチリを喰い板挾みとなつた結果で八造は本意ならずムメに反抗的態度をとつたに過ぎないと認定したが、仮りにそうであつたとしても養子たるものが養母のサノに対し前述の如き行動した事は養子として執るべき道でなく将来入籍すれば勿論親子関係が成立し相続人となる立場にあつたのであるから当時養母サノが六十四才の高齢で単身味噌、醤油等の営業を営んで居つたことを思えば何を置いてもサノの営業を助け孝養を尽すべきであつた。然るにこの挙に出でずサノに対する謂わば喧嘩相手の松崎ムメに全面的に荷担して右ムメ方の営業のみを助け且つ別に秋本八造商店なる店舗を開設する等をしてサノを益々困惑憤慨させ終いにサノ死亡に至る迄同様の態度を変へなかつたのである。之を以つてトバツチリを喰つたものとして八造に責任なしと断ずるは不当である。

第六点相手方義江に於てもサノ方に出たり這入つたりしていてサノ死亡直前入院した時に病院に駈けつけて看病した程度で其際サノが「義江に対し後を頼むと云つた」と相手方等は主張するが甲第九号証藤崎セイに対しては「誰に後をやらせるかときいた所、義江が付添つて呉れているが少しも有難くない、以前の事を考えると悲しくなるから義江は返して貰いたいと云つて居りました」云々-義江が八造の妻である以上八造と同様嫌うのは当然で其義江に対して「後を頼む」と云つたとの事は情理からしてあり得ない事である。義江と八造との間に生れた正次の入籍の問題に関しても審判理由(三三頁中段以下)に摘示されて居るが趣旨は全然異なるサノが相手方八造、義江両名の入籍を考えて居つたものなら可愛い孫の正次と共に其際当然解決さるべき事柄である。然るに最後まで之を拒否し続けて来たのはサノが右相手方両名の入籍をする意思のなかつた事が明瞭に肯定できる。殊に審判の理由に於ても「八造が戸籍上養家の一員として登録されるに値する気質的の資格の確認できたときに届出をしようとする状態にあつたことを窺知するに充分である」と判示されている。之に依つても入籍する意思なく其事情でなかつた事が確認される。

第七点審判理由の(二)に於て申立人団蔵が不適式の遺言書を作成して同人が遺産の処理一切を委託されて居ると主張したかの如く記載されているが本申立に於て右団蔵は勿論申立人等は右遺言を基礎とする何等の主張もしてはいないのである。申立人等は只適法なる遺産分割を求めるのみ。従つて本項の理由は申立人団蔵に対する非難的蛇足に過ぎない。

第八点審判理由の(三)三九頁、四〇頁の前段「死の直前遺言があつたとして之を被露し云々」の点は否認するが、其他の事項は申立人団蔵が共同相続人の一人として相手方八造、同義江の従来の行動に鑑み遺産を被相続人の意思に最も良く合致する方法で処理しようとしたもので要するに対価を払つて適法に遺産を取得しようとしたに過ぎない。之あるが為に相続分に応じた対価を共同相続人に支払つて本件遺産を取得する資格を喪う理由は毫も存在しないのである。更に審判書四一頁に於て「「ほがらか」というカフエーを経営した」云々中略――二女フミ子は未だ申立人団蔵の許にあつて中学校に通学し居る生徒にして今直ちに遺産を利用し得べき状況でないと認定されたが右団蔵は理由に記載の通り田畑一町九反を有し祖先の農業を継承して今日に及んで居るもので生活は中以上であり前記「ほがらか」の関係は数年前に処理解決して現在何等の関係はなく又財産を危うくする等の行為は毫もある事なく又右フミ子は中学に通学して居るが右団蔵に於て後見してサノの本家たる責任上サノの後を継がせ之を再興させようとする一念に過ぎない。

遺産の利用維持には最も好適の地位にあるものである。相手方八造、義江、殊に八造はサノ死亡後も今日迄相手方松崎ムメの夫泰司の物品販売業に全面的に従事して居るし尚松崎泰司は病身で回復の見込がないから引続き同家の仕事に従事するもので同家と離れることのできないものである。故に本件遺産を取得しても妻たる相手方義江に内職に雑貨商をさせる程度である。従つて理由記載の如く本件遺産たる建物に二、三十万円の大修理を加え其上主文記載の金額を共同相続人等に支払う如きは到底及ばない事で結局遺産を有効に利用し維持する実力はないのである。

第九点次に審判書四三頁後段に申立人団蔵が相手方義江に対して遺産を一時管理すべき事を委託したと認定したが此点は申立人等は否認する所で又何等の証拠もない。申立人団蔵から八造、義江に対し明渡又は賃料を支払えと要求した事はある。乙第七号証 義江本人訊問調書に依り証明し得る。

第十点本件は亡サノの遺産を法律の規定に従つて分割すれば足る事で法律の規定によれば、現物分割を原則とするも本件の如く現物分割に適しない場合、之を換算して其代金を分割するにしても換価される物(遺産)は原則に従つて共同相続人中の一人又は数人に取得せさるべきで第三者に譲渡するが如きは共同相続人全員が取得を欲しない場合に限る。本件共同相続人の一人である申立人藤崎団蔵が被相続人サノとは本家分家の近親関係があるのでサノ生前の意思を汲んで二女フミ子を後見してサノの墳墓を管理し祭祀を営ませサノの霊を慰めんとするものである。之は申立人全員の同意して居ることは原審判理由に摘示の通りである。更に本件遺産の相続分(持分)の割合からしても相手方アイ子、ムメ、ナツ、久三は各二十五分の一で合計二十五分の四に過ぎず申立人等の持分合計は二十五分の二十一である。即ち四対二十一の割合で申立人等が大部分の権利を有するのであるから申立の趣旨の通り分割することが具体的事実に適合するのである。尚、遺産の分割及其取得は可成被相続人の意思を尊重すべきであることは民法第九百二条遺言による指定の法意に鑑み疑いない所であるが原審が亡サノに対し終始反抗的態度を持続し(店舗を開設する等)又サノが死に至る迄入籍を拒否し続けていた所の相手方八造、義江に対し本件遺産を取得せしめ且つ同人等に協同して祭祀を行わせるというはサノの意思を全く無視した審判である。

第十一点本件分割の具体的方法として(審判書の四五頁)「申立人等が相手方義江に対して手切金として金六万円を贈与することを表意して居り」と認定したが之の贈与は無条件ではなく申立人等の申立の通り審判を受ける場合に於てのみ贈与する意思であることは表意した前後の関係及主張全趣旨に明瞭である。而るに原審は相手方等の主張の通りの審判を為し而も尚右相手方義江に対し金六万円を与へるもので何等の根拠もない。全く恣意に依る不当不公平な処置である。更に、四五頁中段に説明の「申立人等も利害関係人両名(八造、義江)と協同してサノの祭祀を継続するため申立人等の収得すべき遺産中より祭祀の費用として金五万円を負担せしめるを妥当とするにより云々」。右判示の如く協同して祭祀を行う場合に将来の祭祀料を申立人等が相手方両名に前払しなければならない義務が何の根拠に因つてあるのか不可解なる判断で到底承服できない。殊に祭祀の如きは人の信仰心に基くもので何人も宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することは強制されないのである。憲法第二十条第二項。而るに祭祀を継続する義務あるかの如く断定して此の義務を協同して履行させるために其費用として申立人等の相続分から天引して相手方に与えるというもので明かに憲法違反である。仮に右違法を暫く問はないとしても遺産の分割は民法第九百条に拠り数量的に所定の相続分の帰属を具体的に定め之を実施することが当然であり分割に当り右同条所定の相続分の割合を裁判所が職権を以て増減する事は結局法律を変更することになるので許されないことである。原審は之を犯して前段に述べた申立人等が当然取得すべき法定の二十五分の二十一の相続持分から先づ金六万円を控除して相手方義江に之を与へ更に又金五万円を控除して之を相手方八造、義江等と協同してサノの祭祀を行う為に同人に前払いして同人に一応取得させるの審判を為した。之は明らかに前記民法第九百条所定の相続分を変更して申立人等の相続分二十五分の二十一から金十一万円を控除(四五頁中段)して夫れだけ申立人の相続分を減少し相手方八造、義江に同額を加増して与へたものである。換言すれば申立人等の財産中十一万円を裁判所が恣意に取上げて之を相手方八造、義江に与へたものであつて民法の規定に違反すると同時に憲法第二十九条所定の財産権の侵害である。

第十二点遺産の分割は共同相続人間に於て為すべきもので利害関係人を之に参加させる目的は遺産たる建物又は土地の管理人、賃借人、保存行為を為した者等債権、債務を有するものを明確にして遺産の範囲を定め以て分割を正確ならしめようとするもので利害関係人が共同相続人と共に遺産の分割を受ける資格の無い事は明白である。而るに原審は利害関係人たる相手方八造及義江を共同相続人と共に遺産の分割に参加させ之に遺産を分割したのであるが之は第二に於て詳述した通り相手方八造、義江を除く相手方等の相続分を右八造、義江が譲渡を受けたとしても其相続分(持分)が不動産の持分であるから持分移転の登記を経ない以上申立人等には持分取得を対抗できない。従つて勿論共同相続人と共に遺産分割に参加し得る地位は取得して居ないのである。而るに主文の通り審判を為したのは法律に違背する不当なる審判で当然取消さるべきものであると信ずる。原審は相手方八造、義江両名が事実上の養子であつた事に同情し(前述の通り養子と云つても名のみであつて実なきものであるが)之れを救済することに力を致し終いには申立人団蔵の人格を非難する言辞も惜まず、理由中に屡々述べられているのであるが、将して救済の必要ありとすれば別個な手続を以てなさるべきで本件遺産分割に於て救済の結果を得しめようとするは違法たることを免ぬがれない。

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